CALENDAR
S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< August 2018 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
MOBILE
qrcode
車を回す男@アイルランド


ポーラ財団で同時期に海外研修してベルリンで東ドイツの大衆車「トラバント」を回した、久保田弘成さんが、今度はアイルランドのコークの自動車工場跡でフォードのトランジットというデカい車を回しています。圧巻です。

「車を回す」とだけいうと、意味不明(失礼!)な行為(恐ろしく大変だけど)なんだけど、場所と車と音楽が出会うことでこれだけいろんな意味を含む表現になる、ってのが驚き。

制作の様子を記す彼の日記もすごく面白い。彼は大物になるね。トランジットは日本でも回すことになったらしい。




| @ヨーロッパ | 17:13 | comments(2) | - | pookmark |
現代建築めぐり@リスボン
リスボンでも2日ほどかけて現代建築を色々と見て回る。ポルトからの列車を降りたオリエント駅は、カラトラバの設計。



98年のEXPOを機に整備された駅で、プラットホーム上の屋根だけじゃなくて、大きな吹き抜けを持つプラットホーム下の駅全体がカラトラバ特有のアクの強い空間となっている。



アルヴァロ・シザのEXPO98ポルトガルパヴィリオン。両端の壁から極太のケーブルで吊られているコンクリートの屋根はスパンが65mで厚みがわずか20センチ、遠くから見ると布が吊られているように感じるくらいの薄さだ。



屋根の下の空間は、ドカーンと何にもない空間が広がっていて、ちょっと体験したことがない空間だ。寒い冬ということもあって、屋根の下には人影もまばらだったが、祭りのための空間の日常としてはこれでいいのだろう。



屋根と壁の間には隙間があって、ケーブルの間から光が差し込む。



壁面には全面にアズレージョが。ポルトの駅と同じく一枚一枚がふぞろいで色ムラがある。その中の一枚には工場の名が入っていた。



シザのパビリオンの近くにある、リスボンの建築家カリーリョ・ダ・グラサによるパビリオン「海の知識館」。



パティオに沿ってあがるスロープのアプローチ。



同じくカリーリョ・ダ・グラサによる「社会コミュニケーション学校」をたづねる。リスボン北西部の丘の上に、白い面で構成された印象的なファサードが立ち上がっている。



リスボンの若手建築家アイレス・マテウス兄弟による新リスボン大学校舎Rectory of Universidade Nova de Lisboa。「面」で空間を構成する、というデザインの特徴が見受けられるのはカリーリョと共通していて、「ボリューム」で構成する(ように感じられる)シザとは同じ白い印象の建物でも内部空間での体験はずいぶん違う。

その他、アイレス・マテウスの初期の作品である書店の内装だとか、志岐さんの案内でロシオ広場近くの震災で焼け落ちたままの内装の教会(これかなりおすすめ)だとか、グルベキアン美術館(ポルトガルの初期モダニズムの名品)だとか、サンタ・アポローニア駅横の旧倉庫を改修したレストランを見て回る。現地に知人がいる,というのは美味しい食べ物にありつけるという意味でも、知る人ぞ知る建築めぐりが出来るという点でも、ほんとうにありがたい。



おまけは、リスボン市内で見つけたモスク(イスラム教寺院)。イラクのサマラ風の螺旋状ミナレットと、イラン風の青いドームが組み合わさった面白い外観。見せてもらおうと中に入ると、応対してくれたのが日本語がペラペラのパキスタン人の男性。日本で十年くらい中古車の輸出の仕事をして、今はイスラムの神に仕えるためにここに寝泊まりしているという。10年ほど前に建てられたというから、これもいうなればイスラム世界の現代建築。イスラム教徒ならば、あらゆる国籍の人がここで礼拝したり、図書室を閲覧したり出来るらしい。



礼拝室のドーム。建物は鉄筋コンクリート造で、ドームはコンクリートの梁で壁から少し内側に、浮かぶように取り付けられていた。四角い平面の上に丸いドームをどうやって美しくかつ合理的に支えるかが、イスラム建築が長年追求して来たテーマ(スクインチ(Squinch)とペンデンティブ (Pendentive))であり、そこが見どころの一つなのだが、鉄筋コンクリートっていう技術はあっけらかんとこんな無茶な解決方法を実現してしまう。



モスク内観。中央の凹み、メッカの方角を示すミーラーブがイランのカッティングタイル張り(たぶん本当にイランの職人がつくっている)、両脇がトルコのイズニックの着彩タイル(これも本物)。



イランのカッティングタイルはモロッコの幾何学模様主体のデザインと違って、唐草模様などでもっと曲線が多いデザインになっている。信じられないかもしれませんが、これは一枚のタイルに描いた模様ではなく、それぞれの模様の形にノミでカットした、モザイク状のタイルです。
| @ヨーロッパ | 21:59 | comments(0) | - | pookmark |
現代建築めぐり@ポルト
夜遅い格安航空便でリスボンに到着し、志岐さんの家にお邪魔する。同じカヒーリョ事務所で研修中の大野くんも一緒に、近所の店でたっぷり腹ごしらえをして、さっそくバイロ・アルト地区に繰り出す。そのままリスボン名物?路上立ち飲みを敢行。深夜にもかかわらず相変わらずの熱気だ。同じリスボンのアイレス・マテウス事務所の研修生堀江くん、美術家の松本くん、コンテンポラリー・ダンサーの前沢さん、とリスボン住人が続々と集結、楽しい夜が更けていく。
そして翌日、夕方の列車でポルトへ向かった。ポルトのホテルでEMBT事務所の同僚だったMattと合流。



ポルトと言えば、やはりアルヴァロ・シザの建築は外せない。写真はポルトの街の郊外、シザが生まれ育った隣町にあるレサ・デ・パルメイラのスイミングプール(1966)。冬であいにくプールの水は無かったけれど、これが水で満たされた時の自然との一体感はすばらしいだろう。大西洋の波が、プールサイドの岩に激突していた。



プールには、更衣室やシャワー室が付属していて、その建物の屋根は海岸沿いの道から海への眺望が遮られない高さに抑えられている。



黒く塗られた木造の建物は、45年前の建物とは思えないくらい、しっかりしていた。



プールから10分ほど北へ歩いたところにある、ボア・ノヴァ・レストラン(1963)。



レストラン内観。こちらもシザの最初期の作品だけれど、今の作品にもみられる要素があちこちに散見されるのがとても興味深い。



カフェの内観。カフェに入った瞬間、軒先のラインと水平線が重なって海面だけが見えるのだけれど、椅子に座るとどこまでも続く水平線が一気に視界に現れる。



ポルト大学建築学部棟(1987-93)。



南面の窓と北面のハイサイドライトのある教室は、ボア・ノヴァ・レストランを思い出させる。



図書室の内観。天井から大きく垂れ下がる、逆V字型のトップライトがいい。



セラルヴェス現代美術館(1997)。とても印象的なエントランスの屋根。



白いボリュームがランダムに並ぶ外観。あいにく美術館は休館日でエントランスとレストランしか入れなかったけれど、ここのビュッフェはかなりおいしい。ケーキを山のように食べてしまった。

その後、ポルト市郊外のシザ事務所を訪問。アポなしの突然の訪問だったのだけど、この事務所で勤務する伊藤廉さんに親切に案内して頂き、進行中のプロジェクトの模型を見せて頂いた。さらに同じ建物に事務所をかまえるソウト・デ・モウラの事務所も拝見。エレベーターでシザ本人にもお会いしたので、自己紹介して彼の大きな手と握手。足の調子が悪いのか松葉杖をついておられたが、気持ちはまだばりばり現役で、エネルギーがみなぎっていた。

その後、シザ事務所の伊藤さん、瀬下さんと夕食をご一緒して、おいしい魚料理を食べながら伺ったなかで興味深かったのは、シザは8月のバカンスの時期も殆ど仕事を休まず、土日も事務所に顔をだし、所員の誰よりも仕事をしている、という話。ラテンの建築家にも、そうした人がいるんだ,と驚いてしまった。そして暇を見ては進行中のプロジェクトのスケッチを描きまくっているという。事務所でお会いしたシザは歩くのも大儀そうなおじいさん建築家だったけど、いまだにそんなバイタリティがある、というのは心底建築が好きな証なのだと思う。

ポルト周辺にはシザの作品がたくさんあるが、今回はその他にはヴィラ・ド・コンデのボルジェス・イルマン銀行へ行ったのみで、アヴェイロ大学やマルコ・デ・カナヴェーゼスの教会に行けなかったのが残念。また機会があれば。



ポルトの建築家というと、シザに続くのがシザ事務所出身のエドアルド・ソウト・デ・モウラだ。最近完成したこのポルトの地下鉄駅も彼の設計で,プラットホームの上の丸いトップライトから外の光が降ってくるとても明るい駅。他の地下鉄駅も彼がデザインコードを決めて、統一されたイメージを保っている。これらの地下鉄駅の壁には、薄青色のアズレージョ(タイル)が使われている。このタイルは通常の大量生産向け乾式タイル製法(乾燥した土を圧縮してタイルの形をつくって焼成する)と違って、あえて水で練った土を整形して焼成する旧式の湿式製法でつくられているため、形に微妙な歪みがあって釉薬の発色にもムラがあるのがいい。



ポルトから列車で1時間ほどの街ブラガにある、ソウト・デ・モウラ設計のサッカースタジアム。岩山の岩盤を一部掘削してつくったスタジアムで、岩山の斜面がスタジアムの横に迫っている、というダイナミックな空間。



エントランス外観。



スタジアムの屋根は、両側の観客席の頂部から引っ張ったケーブルに吊られている。リスボンのシザ設計の万博パビリオンの屋根とおなじアイデア。巨大な雨樋が面白い。



あとはシザが審査員のコンペで選ばれた,レム・コールハースのカーサ・デ・ムジカもポルトの現代建築の見どころのひとつ。外観のホワイトコンクリートは、経年変化でだんだん黄色みを帯びて周囲に馴染むように、配合に工夫が凝らされているという。いったいどんな技術なんだろう?



複雑に歪んだ内観。



壁などのマテリアルにもいろいろ面白い素材が使われているし,ディテールも変幻自在でOMAの底力を感じる作品だった。



ポルトガル各地のアズレージョの名作をコラージュした、VIPルーム。アズレージョはポルトガル建築のアイデンティティの一つとして知られているが、先ほどのソウト・デ・モウラと比較しても、現代建築家のアズレージョへのアプローチは様々だ。



最後に,ヴィラ・ド・コンデの街で見かけた、崖の斜面に点々と置かれた植木鉢。
| @ヨーロッパ | 09:03 | comments(3) | - | pookmark |
タイルとカフェ@ポルトガル
ポルトガルの現代建築めぐりへ出かけてきました。リスボンでは二年ぶり再会のカリーリョ・ダ・グラサ事務所勤務の志岐さんの家にお世話になり、ポルトではアルヴァロ・シザ事務所ソウト・デ・モウラ事務所を見学に行って応対して下さったシザ事務所の伊藤さん、瀬下さんと夕食をご一緒しました。昼間は建築めぐりをしながら、夜はその事務所の雰囲気や当地での生活ぶりを聞く、という何とも贅沢な旅。写真がてんこ盛りにあって整理しきれていないので、詳しい紹介はまたの機会に。



ポルトガルの町で見かける建物の特徴と言えば、まず外壁に張られたタイル、アズレージョが目に入る。青と白の二色のタイルは中国の陶磁器の影響。



ポルトガルで美味しいのが魚料理、そしてカフェで飲むコーヒー。おそらく今でもつながりの深い旧植民地のブラジルから、質の良いものが入るのだろう。スペインより断然美味しい。



ポルトガルから戻って翌日曜日には、サッカー観戦。スペインリーグも終盤戦、チャンピオンズリーグの決勝トーナメントも始まって、各試合とも白熱している。本日のバルサはアンリとデコが欠場したけどエトー、メッシ,シャビ,ロナウジーニョが出場して、5ー1と快勝。首位マドリーが破れて、勝ち点差が2に。
| @ヨーロッパ | 00:08 | comments(0) | - | pookmark |
泊まる@ラ・トゥーレット修道院
パリから帰って一息ついて、またリヨンへ飛びました。空港のすぐ横にはサンチャゴ・カラトラ設計のリヨンTGV駅が。



彼の作品はとにかく圧倒的なモニュメンタリティがあるから、ヨーロッパの自治体の首長がこぞって欲しがるのもよく分かる。



構造的に合理的かどうか,などの専門的な見方は別として、彼の設計した橋を渡ったり、空港や駅へ降り立った時の爽快感は、大多数の人々が体験する感覚じゃないだろうか。それが「観光」が都市政策において重要なヨーロッパで「移動」のための施設に彼が重宝される理由なんだろうという気がする。



リヨンのオペラハウス。ジャン・ヌーベル。



エントランス・ロビーも劇場内部も黒一色。一転してトイレや廊下は赤一色。この配色を大都市のオペラ座でやってしまうところがすごい。ちょうどその夜、現代バレエの公演をやっていたので、見る。わけわからず。



翌日はリヨンから半時間ほどの街にある、コルビュジエのラ・トゥーレット修道院へ。三食付き45ユーロで修道院の個室に泊まれる、はずだったのだけど現在コルビュジエの設計した修道院は改修工事中で、見学は出来るけれど建物への宿泊は不可。ただ、すぐ横の建物にある個室に泊めてもらえる。



昼頃に着いて,素朴でおいしいランチを頂く。午後はずっと建物をみたり周囲の森や草原を散歩した。何とものどかなフランスの田舎の景色が広がる。その日の見学者は自分一人だけらしく、通常はガイド付きのツアーでしか見学できないところを、鍵を渡されて建物を自由に堪能できたのが良かった。

夕食時に、コルビュジエが好きで見て歩いているという日本人のご夫妻と知り合う。コルビュジエを見に来る人は建築関係者しかいないだろうと思っていたので、しかもそれが日本人だったことが、ちょっと驚き。ただ、建物の芳名帳には日本人より韓国人や中国人の名前の方が多かった。ヨーロッパの電化製品は、いまや日本製よりも中国や韓国製の方が圧倒的に優勢だが,建築家もうかうかしていられない。



帰宅して、翌日は久しぶりに市場で魚を仕入れる。その夜は、サーモンと鯛のような白身魚のにぎり寿司。この1年は、海外にいたにもかかわらず、人生で一番寿司を食べた1年になりそう。
| @ヨーロッパ | 00:12 | comments(0) | - | pookmark |
ベネチアンスタッコ@ルーブル美術館
遅まきながら、花の都パリを初体験。建築の統制がとれていて確かに美しいのかも知れないけど、ずいぶん権力の臭いのきつい街だ、と思った。かつてのモスクワに、雰囲気が似ている。20代はチベットだとかイランだとか、僻地ばかりを目指していたので、建築を志す人なら来て当たり前の都市にたどり着くのに、ずいぶんかかってしまった。コルビュジエだとかジャン・ヌーベルだとか、見て回りました。



お約束のルーブル美術館にもひょこひょこ足を運びました。このガラスのピラミッドは、なかなか気持ちのいい空間だ。ダビンチもすごいのかもしれないけど、個人的に面白かったのはギリシャの彫刻や中近東やエジプトの古代文明の展示。理屈抜きで,その造形を楽しむことが出来る。



ところで、ルーブル美術館の展示空間の左官技術のレベルの高さには驚かされた。たとえばこのギリシャの彫刻の展示空間は、他の部分の大理石と色をそっくりに似せた左官壁で仕上げられていた。壁の表情は、五厘(1.5mm)程度の大理石の骨材をまぜた石灰モルタルでざらざらした質感に仕上げてあり、最後に石灰クリームをしごき塗りしてスポンジで拭き取り、骨材が見えるように仕上げてある。荒々しすぎず、風合いがあって、でも上品で、大理石の彫刻を一層引き立てている。しかも仕上げられたのはそれほど前のものではない、最近の仕事。

床との取り合い部分は、大理石の幅木との間に12ミリくらいの底目地をとって、同面で仕上げてある。かなりモダンで高度な技術を要するディテール。日本の左官職人が見てもちょっと舌を巻いてしまうくらいの施工技術で,精度と美的感覚を合せ持った職人集団が、現代にも存在しているようだ。



これもまた別の彫刻の部屋。赤い壁は大理石張りかと思いきや、これまた全部「石膏マーブル」という人造大理石をつくる左官技術の一種。日本では南紀白浜の「ホテル川久」で久住章さんが手掛けた石膏マーブルの柱を見ることが出来るが、ここではあらゆる場所が色鮮やかな石膏マーブルで仕上げられていた。実際には存在しないような大理石の模様をあたかも本物のようにつくることの出来る技術。



石膏マーブルの柱。大理石の模様を、あらかじめ下地にデザインしておき、着色した石膏を硬化前にデザイン通りに貼付けて硬化させ、その模様を研ぎ出すことでつくられている。ただ、詳しい工法は、作業風景を見たことが無いので分からない。



こちらは中東の展示物の部屋にあった、ベネチアンスタッコ壁の展示壁。イタリアのベローナのカステルベッキオ美術館でカルロ・スカルパが使って知られている仕上げだが、こちらもどっこい負けいていない。ひょっとしてイタリアから職人を呼んだのかもしれない。角の部分は3ミリ幅ほどの真鍮の板で見切られているのが、芸が細かくて泣かせる。



ナポレオン三世の居室でみかけた螺旋階段。「螺旋階段」というと瞬間的に「カタランボールト!」と反応してしまう。実際のところ、どうやってこの階段の構造が成立しているのかは不明。



ルーブルの一般的な見せ場である、絵画の部屋はペンキ仕上げですませてあるところが多かったが,それでもモナリザのある部屋は壁全面がスタッコ仕上げだった。これでいいの?と思うほどのひどい色むらだらけの仕上がりだったが、部屋が大きいのでそれはそれで様になってしまう。



最後は、パリのバス停でいつも見かけた下着の広告。パリの市内は、徹底的に規制されていることもあってほとんど広告など見かけないのだが、バス停だけは例外的に広告が許可されている空間のようだ(その他は地下鉄の構内くらいか)。しかも圧倒的に下着の広告率高し。たとえば電化製品の広告では、ちょっとパリのオシャレさに似つかわしくないし、日本でよく見かけるサラ金の広告なんて、いくらお金に困っている人が多くてもパリ的には言語道断だろうし、素敵な下着の広告ってのはなかなか優雅でいいじゃないですか。パリの街というと、この下着の広告を思い出しそうです。
| @ヨーロッパ | 09:08 | comments(3) | - | pookmark |
ミースとかトラバントとか@ベルリン
1月23から25日にかけてベルリンまで飛んできました。寒かったー。
ドイツ人が退去してスペインにやってくるのがよく分かる。
今回のeasyjet便も片道20ユーロの格安便。ここしばらく移動を繰り返していることもあって、ヨーロッパの都市間の移動のしやすさに感服している。

まずは航空運賃の価格競争もあって移動費が安い。事前予約が出来なかったとしても、ヨーロッパの主要都市間ならせいぜい100ユーロくらいのものだ。そして空港からのアクセスも、バスを使っても30分くらいで市中心部に着くことが出来る。地方都市でも充分にヨーロッパや世界を相手にビジネスが出来る環境が整っている。

日本はいつまでたっても東京中心。決して日本の地方都市に魅力が無いわけではないから、基本的にこの差は政治の差なのだろう。実際、東京をはじめ首都に過度に人口が集中しているような国って(あえて例はあげないが)、発展途上国か政治的に問題があるような国が多い。



市内に残されたベルリンの壁の一部。この周辺ポツダム広場周辺は,かなりの開発ラッシュとなっている。ただ、旧東ドイツに属していた場所でもそれほど開発の進まない場所もあったりして、バルセロナなどに比べると都市全体に不思議な落ち着きがある。それがベルリンをドイツの中でも比較的物価の安い、住みやすい都市にしているようだ。




ジャン・ヌーベル設計のギャラリー・ラファイエット百貨店。



この建物の目玉の円錐形のガラスアトリウム。ガラスがキラキラ光って、ちょっと見たこと無い空間をつくりだしている。




ピーター・アイゼンマンの虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑。地下に情報センターもある。日本ではこうしたかつての戦争の犠牲者(特に旧植民地の)への罪を悔い改めるための施設なんてあるのかどうかあまり知らない。戦後は遥か昔のことなのに、ベルリンの中心部に、未だにこうしたモニュメントが新たにつくられている。モニュメント自体の目的は正しいし、ものの出来はいいし,あるに越したことは無いけれど、反省も度が過ぎると正直気味が悪い。




ミースのナショナルギャラリー。1968年ですでにこの空間の完成度。




リベスキンドのユダヤ博物館。僕が学生当時に雑誌でこのプロジェクトを見てびっくりした、想い出のプロジェクト。完成した実物も、ミースに対抗できるだけのインパクトのある空間。

二日目の晩は、ベルリンフィルのチケットを安く買えたので、コンサートを聴きに。いい音楽が,安い値段で気軽に楽しめる,ってのは文化の高さの証明だ。

最終日は、現地在住のアーティスト古堅太郎さんと福田恵さん(どちらもポーラ財団の奨学生つながり)にお会いして、彼らの関わっているプロジェクトの準備会場へ。古いレンガつくりの電車の整備場を転用した、アーティストの展示スペース。ベルリンはヨーロッパの中でも物価が安く、こうした展示や製作のためのスペースが確保しやすいとあって、世界中からアーティストが集結しているらしい。彼ら二人の肩の力の抜けた雰囲気からも、ベルリンののびのびとした雰囲気が伝わってくる。また、世界中のコレクターもベルリンのアートシーンには注目していて、小さなギャラリーの展示作品でも買い手が付いたりするとのこと。確かに文化庁やポーラで海外に来ているアーティストでも、ベルリン在住の方はとても多いように思う。


その後,夜のフライトまで、ひたすらベルリンのギャラリーめぐり。こんな辺鄙な場所に?ってところに、とんでもなくアツいギャラリーが集まっていたりするのが面白い。こうしたギャラリーはドイツ人だけでなく外国人も含めたコレクターが新人育成、発掘の目的もかねて出資、運営しているらしい。




こちらは同じくポーラでベルリンに来て、活動している久保田弘成さんの作品。彼の作品の得意技?の一つはポンコツ車をぐるぐる回す、ってのがあるんですが、これは旧東ドイツの車トラバントを使ったベルリンならではの作品。YOU-TUBEのなかでもその快心のパフォーマンスの様子が見れます。建築の世界でこういう、よく分かんないけど豪快でかつ爽快な作品て、無いなあ。ケンチクでアタマがガチガチになってしまってるアナタ、ぜひ御覧あれ。
| @ヨーロッパ | 01:42 | comments(2) | - | pookmark |
ペンギンプール@ロンドン2002


友人の首藤英次氏からペンギンプールの綺麗な写真をもらったので。今後整備する予定らしいので、次行くときにはペンギン付きで見たい。ちなみにARUP事務所では手がけた作品に番号が振られてるんだけど 、作品番号1番に「ペンギンの滑り台」って書いてあるのだそうです。
| @ヨーロッパ | 09:54 | comments(0) | - | pookmark |
王立空軍博物館@ロンドン
ロンドン動物園のあとには、空軍基地の隣にある王立空軍博物館へ。ここには第二次世界大戦頃の各国の戦闘機が展示されているのです。敷地に着くと、建物の前庭にはいきなり英国空軍を代表する戦闘機、スピットファイアがお出迎え。



内部はこんな感じ。子供より、マニアっぽい大人がたくさん。飛行機の実物が、床においてあったり、天井から吊ってあったり!。



日本の戦闘機では陸軍の五式戦闘機がありました。零式戦闘機、いわゆるゼロ戦も見たかったなあ。



アメリカ空軍のP-51ムスタング。ダントツかっこいい。格段に技術が高かったんだろうなあ。細部のディテールも日本の戦闘機と比べてずいぶん洗練されている。とくにコクピットの風防部分とか。当時の日本の戦闘機は、とにかくエンジン技術が弱点だったんだけど、スピットファイアもこのP-51ムスタングもロールス・ロイス社製の「マーリン」エンジンが搭載されていて、こいつがすごかったらしい。当時のアメリカも、エンジンはイギリス製の方が良かったということか。

明日は大英博物館に行こう。

| @ヨーロッパ | 18:36 | comments(0) | - | pookmark |
ペンギンプール@ロンドン動物園
翌日は、大英博物館に行くより先にまずロンドン動物園に行って、リュベトキン+アラップの1932年の名作、ペンギンプールに行って来ました。



いや、これも良かったです。今はペンギンはいなくて、なんだかゴミ溜みたいになってしまっているのですが、ペンギンが実際に歩き回ってたらもっと良さが伝わるだろうなと思いました。コンクリート製ですがとても軽快で、70年前に近代建築はここまで到達していたかと。



交差するスロープは、外側を厚み90くらいに抑え、内側を150くらいにして、重さを感じさせない工夫がしてある。



水平窓が視線を遮らないよう屋根は鋼管で別に支えてあって、ガラスブロックの天窓が開けてある。

今回はコンクリート・ポッドの授賞式のための旅行だったので、スペイン、イギリスを代表する薄膜コンクリート構造の建物を、先達に敬意を表して訪れた、というわけでした。
| @ヨーロッパ | 18:16 | - | - | pookmark |
| 1/4PAGES | >>