上棟@八瀬


先日2日、京都市八瀬の住宅が上棟しました。猛暑の中、工務店の鈴木健太郎親方の「一度やってみたかった」の一存で、なんとクレーンなしの人力のみの棟上げ。コーンコーンというカケヤの音が、やまびこになって八瀬の集落に響きわたる。


日も暮れかかる夕方、ようやく最後の梁がおさまる。
一部の作業を翌日に残し、翌3日のまだ涼しい午前中にお施主さん、大工さん達で上棟式を行いました。これからが楽しみです。


また翌4日の午後は、愛知の現場にて配筋検査でした。


| @京都 | 21:42 | comments(0) | - | pookmark |
着工@瀬戸市
 

愛知県瀬戸市での住宅の現場が着工しました。猛暑の中、建物の位置や高さを決定。
およそ住宅が建つとは思えない、高低差のある敷地です。


これは事務所の前で収穫したブドウ。今年はこんな感じの小さな房が、三つ。来年はもっとたわわに実ることを祈りつつ。
| @日本 | 09:57 | comments(0) | - | pookmark |
塗装サンプル@九条山

京都、八瀬の住宅は基礎工事が完了。
今日は工務店の作業場で外壁の杉板の塗装色の最終チェック。顔料を調合して、ワトコオイルで溶く。着色したと分からない程度の、杉板の風合いが失われない程度ギリギリの色が理想なのだが、難しい。

 

事務所への帰路、現場に寄って開口部から見える景色などをチェックして、高さなど細かい問題点をチェックする。再来週にはいよいよ上棟。山間の八瀬は、京都市内に比べると、ずいぶん涼しい。
| @京都 | 10:31 | comments(0) | - | pookmark |
展覧会情報@hiromiyoshiiギャラリー
8月6日から東京のギャラリーにて開かれる展覧会「Architects from HYPER VILLAGE」に出展します。

当事務所の出展作は「アフリカの新興億万長者のためのレンガ造摩天楼」と「アフリカの難民のためのレンガ造住宅」、どちらもヨーロッパ、中東、アフリカ、中南米などに広く伝わるレンガ工法を用いた、しかし対照的な二つのプロジェクトです。

詳しい展覧会情報は、以下のとおり。
お近くにお発ち寄りの際はぜひ。

■展覧会名 「Architects from HYPER VILLAGE」 
■キュレーション TEAM ROUNDABOUT 
■概要 現代都市を都市、大都市に続く超都市(hyper village)として捉え、
そこから生まれた新しい世代の日本人建築家たちをフィーチャーします。

■出展 乾久美子 五十嵐淳 大西麻貴 垣内光司 木村松本
徳山知永dot architects 中村竜治 中山英之 能作文徳 長谷川豪 藤本壮介
藤村龍至 松岡聡田村裕希 満田衛資 森田一弥 吉村靖孝

■会期 8月7日-10月2日
■会場 hiromiyoshii(白川清澄)
■入場無料 日月祝休 夏期休廊 8月10日-14日 
| @日本 | 10:07 | comments(0) | - | pookmark |
ガケ崩れ@静原 と大学の設計教育について雑感

暑い。暑いがプロジェクトは着々と進む。今月に入って住宅が二軒着工。
最近デジカメを持ち歩くのを忘れることが多く、あまり現場の写真がないのだが。

ここしばらくの事件と言えば、先日の大雨で事務所の正面の土手が崩落。えらいことになったと思いながら滋賀県方面に車を走らせると、あちこちでガケ崩れ、あげくの果てに通行止め。当たり前のように思っていた場所が突然脆くも崩れ去る、大雨は恐い。


気候が良くないのか、今年の畑の野菜は大不作。
唯一、事務所前のブドウはすくすくと育っている。
めざせ、ズントー事務所。

18日、京都建築スクールのphase 2 発表会を飛び入りで見学してきた。都市をつくるという課題が、そのルールのデザインから始まる、という課題の設定が秀逸だ。今回は、「アクティビティのルール」をというテーマ。個人的には、つくられたルールの運用が、あくまでフォルマリスティックな興味に閉じていて、そのルールを運用された地域でどのような未知のローカリティが発見できるのか、という視点が乏しかったように思われた。ルールの設定と運用が、建築基準法のように地域性の標準化に向かうのではなくて、それぞれの固有性を浮かび上がらせられれば、と思うのだが欲張りだろうか?

21日は滋賀県立大学で2.3回生の設計課題の合同講評会。
各学年から選りすぐられた作品のみの講評会なので、プレゼンテーションされている空間のそれぞれは魅力的。だが、なぜその敷地にその空間、形なのか、となるとイマイチ根拠が乏しい。つまり、発想はいいけど、コンテクストを巻き込んだ厚みのある提案にまで練り上げられていない。そして、それらを伝えるためのプレゼンテーションの技術も、まだまだ足りない。今後も学生みんなで切磋琢磨して、盛り上がっていってほしい。

今年の四月から久しぶりに設計演習なんてものを指導するようになって感じるのは、日本の大学における設計教育の課題は、設計に際して与える条件が現実に比べて甘すぎるのではないか、ということだ。法律も関係なし、予算も関係なし、ある程度用途が指定されているだけで、プログラムもほとんど学生におまかせだ。これでは、大学で何を教えようが、卒業後の実務と身に付けたものの隔たりが大きすぎて、ほとんどの人の頭の中から大学で学んだことが葬り去られてしまう。学生もそのことを自覚しつつも割り切って、「自分のやりたいこと」なんてことを平然とプレゼンテーションしてくる。社会人で、クライアントに対して「自分のやりたいこと」をプレゼンテーションするバカはどこにもいない。

妹島和世さんが書いた文章で僕が非常に共感したものに、

「建築を計画するということは、現実の混沌とした状況を整理することであり、建築の使われ方や生活をよりポジティブに想定できる整理の方法をその計画ごとに見つけることである」

というものがある。「混沌とした状況を整理する方法」とは「設計の技術」のことであって、ある程度の複雑な条件を与えられない限り、身に付くものではない。そして優れた計画には「その計画」特有の条件を、鮮やかに解くことが可能な「整理の方法」が提示されているものであり、その「整理」の手際の鮮やかさによって、魅力的な「建築の使われ方や生活像」が浮かび上がってくるものだ。

大学での設計演習の現状は、「混沌とした状況」を整理整頓する技術をろくに教えることもしないで、アイデアだけで設計が出来るような勘違いをさせているのではないか、と思う。その点で、スペインから研修に来ていた建築家たちは、複雑な条件の整理能力という点では徹底的に訓練されていて、当地の建築教育のレベルの高さを見せつけられた気がしたものだ。そして彼らのお気に入りの日本人建築家がSANAAだった理由も、決してあの空間のイメージに惹かれたのではなく、まさにその点だった。

土壁を塗る左官職人の基礎的な技量は、当日の天候、手に入る材料の性質、下地の状態、などあらゆる条件下で配合と工程を工夫し、壁面を平らに、圴一の表情に仕上げる、ということに尽きていて、その習得にために相当の年数をかけて修行する。それを身につけてはじめて、職人の個性というものが壁に現れてくるし、どんな現場でも、平らでも均一でもなくても(つまりコンテクストやルールが変わっても)、素人が見てもプロが見ても魅力的な壁を仕上げられるようになるのである。

日本の大学は設計演習で、「建築家」を育てようと思うより先に、まず「設計の職人」を育てるべく、努力するべきなのではないか。優れた「建築家」は、その先にしか生まれないと考えるべきなのではないか。これを読んでくれた学生諸兄は、与えられた最低限の設計条件くらいは万全に満たした上で、他の人も共感できるような魅力的な提案(自分がやりたいじゃなくて)を見せてほしいと思う。
| @静原 | 15:27 | comments(1) | - | pookmark |
薪割りなど@静原
ワールドカップのデンマーク戦で日本代表が見事な勝利を飾り、寝不足が続くここ最近、なぜか動物の出没率が高まっている静原です。先日は事務所の正面に見える山の斜面を、数十匹のサルが走り回ってました。うちの次男によると、学校帰りに通りがかった公園で、サルが滑り台で遊んでいたという。。。。

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今年の冬に向け薪が不足しそうだったので、去年もお世話になった滋賀県の薪屋さんに山から伐りだした丸太を玉切りにしたものを配達してもらった。直径30センチくらいあるけど、まだ乾燥していないのと節がないのを頂いたので、斧でパキパキ割れる。汗だくになるけど、楽しい。

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そして、静原に越してきて植えたブドウの苗が、今年初めて花をつけた。4房だけだけど、小さなブドウの赤ちゃんが成育中。事務所の前にブドウ棚をつくるのが夢なのだ。イメージはスイスのズントー事務所。行ったことないけど。(確かA+Uの特集号で出てたアトリエの写真には窓の外にブドウ棚があったような。)

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こちらはブラックベリー。こちらは放っておいても伸びすぎてしまうので、むしろ伸びすぎないように剪定するのが大変。
恒例のミニトマトもぐんぐん育っていて、もう一週間ほどすれば事務所のランチで食べられるようになりそう。

愛知の住宅の方は、今月中くらいで確認申請を提出できそう。出町の住宅のほうも、基本設計から実施設計へと作業を進めている。そんなこのごろ。
| @静原 | 19:06 | comments(0) | - | pookmark |
障子@今西家書院
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昨年から進めてきたプロジェクトが今年の夏ごろから次々と着工しそうで、色々と忙しい。その合間にワールドカップも観戦しなくてはならないので、よけいと忙しい。でも、予算調整というシンドイ作業が峠を越したので、あとは現場と力を合わせてつくりあげるのみ、楽しみだ。

毎週水曜日の滋賀県大は、行き帰り一時間ずつの琵琶湖沿いのドライブと、授業の前の学生達とのバスケットと、学生達への設計演習エスキス指導と、授業後のアユ取りとか研究会とか建築談義に加わったりとか、目一杯刺激をもらっている。

僕の優しい?エスキス指導ぶりを見て布野修司教授は「森田はもっと恐いかと思った」とおっしゃっていたが、学生時代の自分はそんな鬼教官になるみたいなイメージがあったのかな。当時の京都大学では、学生に対して平気で「君には設計の才能がない」などと言ってのける教官がいたりして、そんな指導に対してずいぶんと反感を持った覚えがある(布野先生は決してそんなことはいわなかったが)。そんな言葉に傷ついて、少なくない人が設計への熱意を失ってしまっていた。

設計の上手下手は99%が技術的な問題であって(だから大学で教えられるのだ)、まだ建築を学び始めて2年足らずの学生に対して、上達のスピードに差はあったとしても、才能もくそもないだろう。そんなことは本人が建築家として数十年仕事をしてみた上で、自分で感じればいいことだ。学生の設計がまずいなら、まずは自分に設計という技術を教える能力が足りないんじゃないか、指導が下手なんじゃないか、と疑ってかかるのが建築教師たるものじゃないのか?と、今でも思う。

そんな反面教師があったお陰で、デキル学生にも拙い学生にも、自分なりのペースで建築設計の面白さを発見してもらえるよう、丁寧につきあってるつもりだ。技術を身につけてもらうためには「教官が恐い」より「設計が面白い」ほうが、絶対に伸びると思うから。また、「コンセプト」もコンテクストやプログラムの特徴を生かす「技術」として有効であるかという点でのみコメントするようにして、個人的な志向や価値観や思想に関わる部分には何も言わない。それは今後の人生の中で自分で培っていくものだから。

たとえ自分ではあまりうまい設計が出来ないと感じている生徒がいたとしても、卒業まで設計に興味を持って取り組んでさえいれば、少なくとも他人の設計の善し悪しを見抜く能力は着実に育まれる。そんな彼らが優れた発注者や施工者や建築主事になってくれれば、社会の建築のレベルは間違いなく向上するし、それがその地域の生活の豊かさにもつながる。それは優れた建築家を育てるのと同じくらい、大学という建築教育機関にとって大事な使命だと思うのだ。


 ところで、バスケットの方は長いブランクで動かなかった体も、徐々にキレを取り戻して来た。ところが先日調子に乗ってトリッキーなプレーをして着地したら足首がちょっとよじれて軽く捻挫。やばいやばい、頭のイメージだけは現役並みによみがえって来たが、いかんせん体の方は20年落ち、全盛時のイメージの50%くらいの動きでやらないと、大けがをしそうな気がする。


最後に、現在事務所では設計スタッフと夏期のオープンデスクを募集しています。我々の事務所で仕事をすることに興味を持ってくださる方は、事務所のウェブサイトで詳細を確認してみて下さい。

写真は先日奈良で閉館間際に訪問した、室町中期の書院造りの遺構、今西家書院にて。障子が美しい。
| @日本 | 21:10 | comments(2) | - | pookmark |
自然の恵み@琵琶湖
昨日の滋賀県大の設計演習の講義のあと、布野研の川井くんと一緒に近くの川に行き、投網に挑戦。最初は普通の流れの中に投げていて一匹捕れるか捕れないかだったが、流れが淀んだ淵のようなところに網を投げたら、10センチ前後の鮎がどっさり。楽しくてもう、笑いが止まらない。川井くんは10年近くも彦根に住んでいて、先週までここで鮎が捕れることを知らなかったらしい。琵琶湖から遡上する、自然の恵みだ。一晩明けて、丸ごとフライにして、今晩の夕食となりました。


| @日本 | 10:19 | comments(0) | - | pookmark |
大津磨き@奈良
久しぶりに奈良に行く。ついでに東大寺にも足を伸ばす。15年ぶりくらいの訪問だ。



南大門の差し肘木。豪快だ。


大仏殿の正面に立って気がつく、これは日本のタージマハルではないか。お墓じゃないけど。


奈良町の町家では久住氏が「おくどさん」、竈の仕上げ工事をやっていた。
赤の大津磨き。


現場に到着した時点で、下塗りの灰土がきれいに塗られていた。
そこから上塗りの赤いノロの塗り付けを開始。


焚き口の部分など、形の複雑な部分はコテを使わずに指で塗り付けている。


塗り付けて、厚さを均等にならして、コテで圧力をかけていく。


表面にだんだん光沢が出てくる。



仕上がった様子。きれいに全体に艶が出ている。

傍目にはすんなり仕上がったように見えても、彼らの施工手順や塗り付けている材料の配合に積年の研究と経験から得たノウハウが秘められているからだ、というのはやった者しかわからない世界。特にこうした立体モノの磨き仕事は難しいのだ。だからこそ、モロッコの道端で漆喰磨きをする職人と出会った時に、飛び上がるほど驚いたのだが。


最後は東大寺の近くで見かけた土塀。奈良には土の素朴な表情を生かした魅力的な土塀がたくさんある。先ほどの繊細な大津磨きの表情も、こうした素朴な表情も、どちらも土に人間が手を加えることで生まれている、というのが面白い。
| @日本 | 09:08 | comments(0) | - | pookmark |
お別れパーティ@静原

六ヶ月間ものあいだ事務所にインターンに来ていたスペイン人建築家、セサルとヘノのささやかなお別れパーティを昨晩静原にて。彼らもものすごくたくさんの刺激を日本での生活で得たことだと思うが、僕自身も彼らの目線を通して自分の身の回りの「ありふれたようにみえる」ことの面白さや問題について、ずいぶん色々な再発見させてもらった。それは今振り返ってみると見知らぬ土地を旅している感覚と、あまり違わないような気がする、そんな日々であった。

彼らとはまたいつでも、スカイプを通して話したりすることができるし、その気になれば海外のコンペに一緒に取り組んだりできるわけだが、しばらくはハグ(抱擁)やベシート(小さなキス)など彼ら特有の濃密な身体的コミュニケーションがなつかしく思われるんだろうなあ。
| @静原 | 09:16 | comments(0) | - | pookmark |
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